日本古代史を知る
学校で習う日本古代の歴史は、少ない資料から通説を抜き出して述べてあるのみで、人間社会の複雑性
からはほど遠い内容であり、未来予測するための人生ガイドとして用いるには不十分です。
本当は何があったのか、仮説を設定して解き明かさなければ、人生ガイドとして使えないと思います。
私は、そのような考えに立って、日本古代史の解明に取り組んでいます。『日本書紀』は、その記述において
いくつもの別説を提示していますが、教科書に述べられる歴史は、通説となっている説を述べるのみです。
例えば、鵜野皇女(持統天皇)は、天智天皇に嫁いだ蘇我倉山田石川麻呂の娘、遠智娘(おちのいらつめ)
が生んだ子であると記していますが、別説として、ある本には、蘇我倉山田石川麻呂の娘、芽渟娘(めぬの
いらつめ)の生んだ子であると記している。この場合の父親は記されていません。また、中臣鎌足は、天智
八年(西暦669年)に五十歳で亡くなったと記されていますが、別説が併記してあり、碑文には春秋五十六
にて亡くなったと記してあると書いてあります。そうだとすると、壬申の乱(西暦672年)には存命したこと
になり、乱において、どちらに与して、どの様な役割を果たしたのか吟味する必要があります。
私は、別説も取り上げて検討し、本当はどうだったのかを追求して明らかにしています。